つるバラの剪定誘引理論
はじめに
身近な風景、植物の枝葉が織りなす風景の内に潜む美。多様で脆く繊細な表情をもちます。鋭敏な感性を持つ詩人や画家や音楽家はその風景の中から美を見出し、作品として人の心に問いかけます。造園家も同じです。
つるバラの樹形は多様で複雑な表情を持ちます。つるバラの枝が繁茂する姿の中には特異とも懐かしいとも感じられる風景が存在します。その繁茂する枝の中に美しさを見出し、形付けるのがつるバラの冬の誘引剪定作業です。
つるバラの枝の誘引作業にマニュアルは存在しません。庭の世界は表現と言う正解の無い世界であると思います。枝を見て枝の持つ線や形。その姿から受ける印象。自らの心の中に生み出る感情を形として表現する作業だと私は思っています。自らの心の有り様を形にする作業です。
自らの心を表す素材であるつるバラの表現し易い品種を知る事も大切です。枝一本一本を大切に扱う事は当然として、その枝の開花のさせ方と剪定の施し方が大変重要な事となります。
つるバラの剪定は本来そう難しいことでは有りません。バラは枝先に花の咲く性質をしています。剪定とは花の咲く枝先を人為的に作る作業です。剪定を施す位置は、花を咲かせたいと思う位置にハサミをいれ、枝先を作るだけの事なのです。
新しく伸びた枝に翌春開花が起こる事はつるバラ全てに共通しています。シュートに開花が起こる事も共通しています。しかしシュートにのみ開花の起こる品種と、その他全ての新梢に開花する品種などがあり、一様では有りません。
つるバラの枝の剪定
どの枝のどの太さの部分で剪定を施せば開花が得られるのかは各品種毎に異なります。大輪咲きのつるバラは太い枝まで切り戻す事で良い花を咲かせ、勢いの良い枝を作るような剪定を施します。太さの目安は鉛筆の太さまでの枝で、これより細い枝は切除します。
大輪咲き品種は枝先の適切な剪定により、健全な成長と毎年安定した開花を得る事が出来ます。仮に剪定を施さず開花させた場合、開花した枝から新しい強い枝が出ない限り、その枝には翌年開花に耐えうる枝が無くなります。これは剪定した枝の太さより、太い枝はその場所からは出ないためです。
太い枝に良い花が咲く品種は太い枝先を作る事で毎年安定した開花を得る事が出来ます。剪定を施す施さないで枝の寿命は異なり、剪定を適切に施す事で、太く開花に耐えうる枝を発生させています。
中輪咲き品種は大輪種よりは細い枝まで開花が起きます。基準は鉛筆より一回り細い枝まで開花が得られます。品種によっては無剪定でも開花は起きます。花の美しさもさることながら咲く風情の楽しみも見逃せません。剪定の有り様は表現手段と密接に関連してきます。
小輪咲きの品種は、剪定を必要としないほど花付きが良く細い枝先まで花の咲く性質の品種が殆んどです。剪定の有り様は描き出したい風景に合わせた剪定であれば良いと思います。
つるバラは太いシュートやそれよりも細く短い枝でも新規に伸びた枝で有れば翌春花が咲く事は分かります。しかし一度咲いた枝はどうなるのかと言う点がまだ解決していません。今年咲いた枝の剪定は ?
バラの冬剪定は前回の一番花が咲いた枝を切る。バラ全般の剪定における基本であります。つるバラに当てはめれば春の開花した枝、花枝、ステムを剪定する意味になります。四季咲きバラと理論は一緒です。
しかしです。つるバラは品種によりこの性質が異なります。厄介なことに剪定の施し方が異なるのです。
ステムの細いつるバラはシュートが主体
特徴はシュートから出ている前回の開花枝にあります。シュートの太さに対して開花枝が極端に細い特徴を持ちます。開花枝が細いので冬剪定を施しても開花に耐えうる枝を伸ばすことが出来ないのです。
花が済んだら切る
前回開花した枝に再び開花の起きない品種は、花が咲き終わった直後に開花した枝を大きく間引くように剪定を加えます。冬までとっておいても切らなければならない枝であれば、咲き終わりと同時に剪定してしまった方が管理負担の軽減につながります。
バラは夏に伸びる
また、高温の時期を迎える前でもあり、剪定は思い切って大きく枝を取る様な感じで施します。枝を剪定してもバラは気温の高い時期が枝の伸長速度を速め、真夏はピークに達します。
バラは水
気温の高い夏に来年花を咲かせる枝を伸ばしておきます。枝があれば翌年の花は保障されたも同然です。そのためには、灌水の頻度を増し、枝の成育を助長させる管理に心がけます。
灌水頻度が増すと肥料分が流亡し易くなります。月一回の施肥、『ゆうき』や『花まるグリーンそだち』など早く効く肥料を施して肥料切れを起こさぬ様気を配ります。
この品種に該当するのはドロシーパーキンス三姉妹やヒアワサ、ブラッシュランブラーなどです。新しく伸びた太い枝やシュート主体で誘引します。古い枝があったら切除。つるバラはシュートに花が咲くと専門書に述べられている品種は、このタイプの品種群のことです。
ステムの太いつるバラは枝先の量
全般的に開花枝が太い特徴があります。開花枝が太く、この枝を剪定すると翌春開花します。開花枝の太さの基準は、開花枝の伸びている枝と開花枝の太さに差が少ないことが判断の基準となります。
冬剪定の基本
前回の開花枝に開花が起こるのであれば、バラにおける開花の基本(バラは枝先に花を咲かせる)の理論そのものです。したがってシュートにより多くの花が咲くとは限らず、(なぜなら、シュートの枝先は一箇所であるから)数年を経て枝先の量が多くなった枝により多くの花が咲くことになります。枝先が多ければ花の計算が成り立ちます。
咲く枝咲かない枝の判断は大輪・中輪・小輪咲き品種の枝を剪定理論に準じ、枝の太さが剪定の目安となります。
剪定は誘引の後
前年の開花枝は剪定を行ってから誘引作業を行なうことが多く、シュートや新規で伸びた枝は誘引する前に枝先を切る事はしません。本来は枝先を剪定するのは枝を誘引した後、花を咲かせたい場所に枝先を作るのが本来の手順であります。
つるバラの開花特性
つるバラは一季咲・返り咲き・繰返し咲きがあります。三種に明確な基準はありません。植物の世界は人の頭で分類が出来るほど単純ではありません。多様で複雑で曖昧です。我々も大まかに分けて考えています。きちんとせいと言われても言い切る事はでけへんのです。
枝の伸びは花で止まる
枝の成長を止める因子は花です。一季咲のつるバラは春の開花の後、枝は成長をし続けます。一季咲品種は花の後に翌年の花を咲かせる枝が伸びる事を前提に植え付け位置を考えておきます。
花の咲かせ方と伸びる枝の管理方法を考慮した上で植栽位置を割り出しておきましょう。つるバラは枝先に花が咲き、株元には枝先が無いのです。
風景作るなら一季咲き
一季咲の品種は風景を作るのに優れた品種が沢山あります。花も美しいのですが、枝先のしなやかさや大きく茂った姿、風景に溶け込むように成長する様も特有な美しさを持っています。
葉が風に揺られきらきらと光を反射させる様。クロード・モネが画いた情景。葉を通過した光線のきらめきや大気の表情。庭造りのアイディアや感覚、感情の有り様なはあらゆる物の中に潜みます。偶然に見出される事柄も多く、そこに内在する神秘性は人の心に普遍的な美しさとして訴えかけます。
荒井由美の『卒業写真』という歌の中に、柳の枝先が揺れ、まるで話しかけているようと詠まれた歌詞があります。あなたは覚えていますでしょうか。つるバラの花の咲く風景も同じだと思うんです。描写力に優れた品種を使えば無剪定でしなやかに香り微風にゆれながら語りかける風景を描き出す事は可能です。最初に剪定があるのでは無く、人の感情が先にあるのではないかと思います。剪定を施した枝先には表現出来ない情景です。
つるバラは自分の感情を立体的に生き生きとした現実性として描き出すことが出来るのです。一季咲のつるバラで描き出せる風景は、品種固有の性格や表情と、人の心や情感の調和によって作り出されるものだと思います。一歩踏み出して見ては如何でしょう。
技術的な面では様々な事が語られ、それが優先されがちです。つるバラと共に生きつるバラを自分の心の表現手段として考えるなら、一季咲のつるバラをお勧めします。
繰り返し咲きつるバラ
繰返し咲きのつるバラは四季咲きと表記される場合も有ります。つるバラである以上、花の咲かない枝は存在します。四季咲き品種との相違点は花の咲かない枝の存在とシュートの開花位置で判断可能です。
見分けはシュートの形態
四季咲き品種はシュートピンチを施さなければ枝が伸びにくい性質をしています。四季咲き ? つるバラはシュートが長く伸び先端に房咲き状に開花が起きます。このことで庭での使い方は決まります。
繰り返し咲きはコンパクト
繰返し咲きの長所は繰返し開花が起こる事により、枝の成長が阻害される点にあります。四季咲きよりは大きく成長するが、一季咲の様な枝の伸長力を持たない事が特徴です。
小さな庭でもコンパクトに収まる所は、日本の庭事情によく合致しています。
咲かす場所は壁面
繰返し咲きつるバラに適した咲かせ場所は壁面です。理由は枝の太さと剛直性にあります。全てでは無いものの、枝は硬く下垂させたり細かな表情が要求される場所には荷が重いのも事実です。
枝は上に向かう
繰返し咲きつるバラは上に向かって伸び、開花する性質が強く現れます。特に大輪や中輪系統の品種にはハイブリッドティーやフロリバンダの樹形を拡大した様な部分があり、繰返し咲きの性質を強めれば剛直な樹形も当然、出てきます。枝の誘引では表情を演出することが難しくはなります。
違和感を生まぬように
繰返し咲きつるバラの花の美しさを最大限引き出し、管理の負担や枝の伸びた場合に対処し易く、必然性のある場所が家の外壁面であると思います。花の美しさのみ強調されがちで、樹形や開花特性を考慮せず植え付けを行なうと庭の風景に違和感を生むことがあります。
小輪繰り返し咲きつるバラ
小輪咲きの繰返し咲きつるバラは上記の品種群よりは枝が細く、つるバラらしい面を持つように感じます。場所や形に対しての適応力は強く、なやかな咲く風景や葉の質感や柔らかさ、花色など優れた品種があります。庭造りには欠く事は出来ぬと思います。
大輪繰返し咲きつるバラの剪定
繰返し咲きつるバラは剪定が非常に大切な要素となります。性質的にハイブリッド ティーやフロリバンダに近い大輪、中輪咲きの品種は、その分強めの剪定を行います。剪定のみで管理するのか枝の誘引を行なうかは判断の分かれるところです。
剪定は大輪咲きつるバラと同じ鉛筆の太さを持つ枝まで切り戻します。しかしつるバラである分枝の長さがあり、ハイブリッド ティーの様に枝を短く切り詰める事はありません。先ず枝は誘引をして姿を出し、鉛筆の太さと枝先を決めたら、咲かせたい位置に調整します。
枝を誘引しても花付きが良く効果的な品種であれば良いのですが、誘引の効果の得られない品種は深く剪定を施し、コンパクトに仕立て花を集中させる様な姿が望ましい咲かせ方であります。
ステムの長い品種は剪定位置から花が離れて咲きます。その分狙った効果は求めにくく深めの剪定を施し、結果の調整をします。
深い剪定を施す事は花を集約的に咲かせる効果をもちます。つるバラ(シュラブも含め)である以上、枝の誘引を併用する事でより高い効果が期待出来ます。
大輪繰返し咲きつるバラでも誘引効果の低い品種もあります。この場合は剪定のみで春の花を観賞し、その後伸びた枝は適時剪定をして姿の調節を図るようになります。シュートは徒長枝とみなし、剪定の対象とします。
四季咲き品種では徒長枝は無く、つるバラにはシュートが出て、これを誘引して花を咲かせるのが本来の姿です。シュートに誘引効果の得られ難い品種の場合、剪定で対処する以外選択肢は残されていません。
中輪繰返し咲きつるバラではハイブリッドムスクやノアゼットなどに優れた品種があります。咲かせ場所は壁面などが繰返し咲きの利点を引き出せる場所であると思います。
中輪咲きの品種の特徴は、誘引剪定により咲く姿が整えられること。冬に深めの剪定を施し、花を集中させた姿を作り、少しずつ膨張させながら晩秋まで開花させるような形態を取れる所にあります。
冬に深めの剪定を施す(むろん切除した枝にも開花は起こるのですが)事で繰返し咲きの利点、強く剪定して枝を太くする事と、その枝から出る開花枝を強く太くする、花ガラ切りの枝先を強く太くする事で、再度の開花につながる様に促す事となります。
一季咲つるバラは春が唯一の開花。一方繰返し咲きは春の開花数を絞っても年間開花を考える事で冬剪定を思いきって強くする事が出来ます。程度問題ですが。
繰返し咲きと言っても四季咲き性は無く、冬以外は剪定による開花調整は不可能、確実性は乏しいのが現状です。花の咲かない枝があることでつるバラである、繰返し咲きであると明確に四季咲き性品種と区別をしています。
繰返し咲きのつるバラに四季咲き性と同程度の冬剪定を施すことはつるバラでは有り得ない姿です。つるバラとしての花付きの良さ、枝の成長度合いの良さを勘案し、姿を求めるのが本来でしょう。もったいないですからね。
深い冬剪定は植え付け位置の誤りから余儀なくされている場合が殆んど思います。つるバラは枝先に花が咲き、冬剪定は花の咲く枝先を人為的に作る作業。枝先を自由に使いこなすためには立体的に枝を使う事が最も有効です。解決策を見出す糸口になろうかと思います。
中輪から小輪咲き品種は剪定を必要としないほど花付きが良く、演出効果の得られやすい品種群です。剪定を施すか否かは描き出す風景により異なります。剪定を施すと花は集中的に咲き、強く太い枝を作る事となります。この状況は大輪繰返し咲きの品種と共通します。
無剪定の場合、新しく伸びる枝は細くなり開花状態も分散した状態になります。枝の老化は早まりますが、描き出せる風景は多様で奥深いものがあります。
花の咲く状況は見る側の心理状態と密接に関連します。剪定の施し方で見え方や感じ方は異なり、人の心理を巧みに誘導する状況を創造する事が可能となります。
仮に花の咲く場所へ人を導こうと思えば、手前は花を分散させた状態、その先へ花の集中して咲いた場所を造り、人を奥へと誘う様な状況を作ります。枝の切り方で様々な状態、人の心に語りかける庭造りが出来ると思います。
育種家は目的を定めて育種をしますが、育種目的が庭の中での咲かせ方を念頭に置いた育種であるか否かは結果である品種からしか推測するしかありません。育種家を否定する気持ちはありません。しかしフェンス向きの品種やアーチ、パーゴラに適した品種を念頭に育種することが如何ほどあるか。
適応力に優れた資質を持つつるバラであれば、応用しやすく広く評価されます。花の美しさや枝・葉・香りなどに優れた資質を持つ品種が望ましく、願いでもあります。庭ではバラとしての完成度が求められ、評価の高い品種ほどつるバラとしての適応力は高いのです。
しかし完璧な品種は無く、何れも欠点を持ちます。庭は欠点を持つ物同士を組み合わせて、風景として作り上げる所です。人間社会と同じこと。完璧な形態を持てば他の物との組合せは難しくなります。
効果の得られ難い品種はより効果の高い品種へとスライドする事をお勧めします。庭においては花のみの価値観では成立が難しいのです。使いこなすことが難しい品種に振り回されるよりは、てこずったら違う品種を使う事が良いと思うのですが。